「合格のニュースを、手放しでは喜べない理由」

調教師試験の合格というニュースは、競馬界では決して珍しいものではない。
毎年のように誰かが合格し、そして静かに次の立場へ移っていく。

今回の話題が目を引いたのは、長く騎手として第一線に身を置いてきた人物が、その選択をしたという点だろう。
ただし、それは「挑戦」という言葉だけで片付けられるほど単純な話でもない。

騎手という職業は、はっきりしている。
勝てなくなれば、居場所は自然と狭くなる。
どれだけ実績があっても、過去は過去でしかない。
次のステージを考えることは、前向きな決断であると同時に、現実を受け入れた結果でもある。

年齢とともに、身体は確実に変わる。
反応の速さ、無理の利き方、回復力。
それらを自分自身が一番理解しているからこそ、「まだやれる」ではなく「次へ行く」という判断に至ったのだろう。

調教師という立場は、騎手時代とはまったく別の能力を求められる。
馬に乗れたからといって、厩舎がうまく回るわけではない。
人を扱い、結果を出し、批判もすべて引き受ける仕事だ。
ここからが本当の勝負、と言っていい。

競馬の世界は、常に新しい名前が現れ、古い名前が消えていく。
その流れに抗うのではなく、形を変えて残ろうとする選択は、賢明とも言えるし、厳しい現実の表れとも言える。

ターフを離れた瞬間から、評価はリセットされる。
過去の栄光は、もう武器にはならない。
だからこそ、この合格を「ゴール」と見るか、「スタート」と見るかで、その後の評価は大きく変わる。

競馬は優しい世界ではない。
それを知り尽くした人間が、どんな厩舎をつくるのか。
注目すべきなのは、ここからだ。

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